リビング、トイレ付きの豪華な観光バスの思い出

私が高校を出て初めて就職した会社は、日本全国に支社、営業所があって、その数はまさに30件にも及ぶ大手の会社でした。

当時は各支社、営業所のメンバーが集い、また皆の交流の場でもあった一泊の慰安旅行が、年に一度必ず実施されていました。

あれは私がその会社に就職して、ちょうど3年目を迎えた夏の頃でした。恒例の慰安旅行がまたその年も実施され、もちろん私たちも参加していました。しかし日本全国から社員が集まるので、およそ地域別に観光バスを手配したりなどと、結構旅行先に行き着くまでの準備の方が大変だったと、当時の先輩からよく聞かされていたものでした。

私は田舎町の小さな営業所勤務だったので、その時に私たちの地域が利用していた観光バスは、昔ながらの、ごく普通の観光バスでした。っていうか30人乗りの、今では中型免許で運転出来るくらいのものだったのです。最寄りの支社と合同でバスなどの段取りをしていたので、正直文句は言えなかったのです。私は皆に合わせてそのバスに乗って現地までの時間を過ごしていました。

しかし都会の、大きな都市の大きな支社、営業所などが段取りしていた観光バスは、座席をちょっと回せばリビングなどにもなり、麻雀やトランプなどのちょっとしたゲームなども楽しめるテーブルなどにもなり、それに何といってもトイレ付という、誠に豪華な観光バスでした。

その豪華なバスを見たのは、出発して各現場の皆が集合して、昼食場所での時でした。私は無性にそのバスに乗ってみたくてたまらなくなりました。幸い同期入社でそのバスに乗っていた人や、一年先に入社していた高校時代の先輩もそのバスに乗っておられ、私も一緒に乗ってもいいですか、と聞いたら気持ちよく受け入れて下さり、私はそのバスに乗り換えて、僅かな時間でしたが楽しいひとときを過ごしていました。

普段顔をつき合わせて仕事しているメンバーとは違い、会社は同じでも違う部署のメンバーの方たちと久しぶりに顔を合わせ、仕事などのつのる話に花咲いていた事、楽しくゲームなどをして過ごした事、それにトイレ休憩など気にしないで思いっきり楽しく、またのんびりと過ごした事などは、今でも若き日の貴重な思い出になっています。

本当にそのバスに乗っているだけでも、普段の大変な仕事の事、先輩の事、仕事の苦しみ悩み等々、何もかも一切忘れて、思う存分楽しませていただきました。
楽しいひとときは過ぎ、一夜明けて私は喉から手が出るほど、またその豪華なバスに乗りたかったのですが、一生懸命段取りして下さった現地の先輩に申し訳ないと思い、二日目は元の昔ながらの観光バスに乗って帰りました。
バスに乗っての慰安旅行、また行きたいです。

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